大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和55年(オ)193号 判決

上告人

田原延子

外四名

右五名訴訟代理人

丁野清春

被上告人

株式会社

森田新館

右代表者

森田貞子

右訴訟代理人

田村五男

葛窪清治

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人丁野清春の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第二点について

原審が適法に確定した事実関係のもとにおいては、上告人田原延子に対する本件株主総会招集通知に原判示のような瑕疵があつたとしても、本件株主総会の議事の経過その他の事情に照して、右瑕疵が決議の結果に影響を及ぼすものとは認められないとして、本件決議取消の請求を棄却した原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(塚本重頼 栗本一夫 木下忠良 鹽野宜慶 宮崎梧一)

上告代理人丁野清春の上告理由

第一点 原判決には経験則に反する重大な事実誤認がある。

一、原判決は次のように判示して、上告人の請求を棄却した。

「控訴人らは、右株式の譲渡の無効をいう前提として、被控訴人会社の設立に際してなされた株式の払込みはいわゆる見せ金による払込みであると主張し、当審証人田原秀世の供述とこれにより成立を認める甲第四、第六号証、前掲田原延子の供述中には右主張に沿うとみられる記載又は供述部分があるが、当審証人森田秀俊の供述によれば、被控訴人会社設立時における株式の払込みは、同証人の銀行からの借入金等合計五九〇万円の会社設立資金から支出して実質的にも完了したことが認められるから、前記供述部分等は採用できず、したがつて、控訴人らの主張は理由がない。」

二、本件訴訟においては、株式払込金の払込の存否が最大の争点を形成するものと云わなければならないが、この点に関する原審の右の判断ははなはだ概括的であつて、原審において上告人が主張、立証したところに対して正面から判断を下すことを回避し、結果において、経験則に反する重大な事実誤認に陥つている。

第一審において、森田貞子は突如として森田秀俊が当時、全株主のために株式払込金を払込んだ如き供述をなし、森田秀俊は原審においてそれをただなぞつたのであるが、その供述の措信し難いことは誰れの目にも明らかであると考える。しかるに原判決は右の供述を以つて、第一審における田原延子の供述及び甲第四号証、甲第六号証を漫然と排斥してしまつた。

ところで、被上告人会社設立に際しては、借方現金五〇〇、〇〇〇円、貸方資本金五〇〇、〇〇〇円の仕訳けが為さるべきところ、被上告人会社の設立に際しては、甲第六号証に明らかなとおり、借方として寝具衣類三四〇、〇〇〇円、什器備品六七、〇〇〇円、現金九三、〇〇〇円、貸方資本金五〇〇、〇〇〇円と仕訳けされている。このことは、被上告人会社の設立に際して、現実に五〇〇、〇〇〇円の出資の為されたことのなかつたを明確に示している。この帳簿の記載はすでに現実に営業が為されている企業において、その企業形態を株式会社にしようとする場合、本来、現物出資すべきところをその手続を省略し、見せ金で設立した場合の典型を示している。被上告人会社の経営にかかる森田館の営業は、すでに昭和二五年末より開始されていたのであるが(田原延子本人調書二枚目裏)、その際、すでに右旅館営業のために調達された衣類、寝具、什器、備品等を前述のとおり適当に評価したものであつて、被上告人会社設立に際して、現実に一銭の出資も為されていないことが明らかである。他方、これら衣類、寝具、什器備品は全て借財によつて調達されたものである。

それらは田原俊世あるいは被上告人会社名義で買い入れられたもので、設立当時の資金事情のため、その支払いは伸ばし伸ばしされたものであるが(甲第六号証の「しかし実際上は八〇〇万円かかつた。不足の二〇〇万円は営業用什器備品の買い入れを分割払いとした」との記載参照)、いずれにせよ全て、被上告人会社の収益のうちから支払われることが予定されていたものであつて、また現実にそのとおり為された。要するに被上告人会社設立に際しては五〇万円の現実の支払いは一銭も為されていないのであつて、会社資産の充実されることは全く無かつたのであるから、右の点に関する原審の認定は全く誤つていると云わざるを得ない。第一審において森田貞子は、被上告人会社の資本金は森田秀俊が出したと思うと証言し、森田秀俊は原審において同旨の証言をしているが、すでに詳述したとおり、被上告人会社設立当時の取引の記載された甲第六号証をみても森田秀俊に限らず、何人も出資した趣旨の記載を読み取ることはできない。かえつて森田貞子が森田秀俊が全面出資したとの発言は本日初めてであつて、今までにしたことはないとの証言が森田秀俊、同貞子の各供述の無根であることを雄弁に物語つているものと思料する。

また原審における森田秀俊の供述にみられる借入金を原資としての出資は、その出資はあくまでも会社に留め、別途資金を調達して前記借入金を返済するというならばともかく、会社の収益から返還していくというのでは、会社にとつてはそれは資本金ではなく負債であり、資本というならば、資本の払戻しが行われたことを意味するのであつて、払込みがあつたと云えないことは自明である。一般的にいつて、この種の会社の出資においては見せ金がほとんどであつたこと、本当に五〇万円もの大金を出資したならば、設立時の株式の名義を秀俊に関係無い人々に広く分散する筈のなかつたこと等を総合すると、株式の払込みのあつたとする原審の認定は、経験則に反する重大な誤認を犯していると云わざるを得ず、しかし払込み無き株式の譲渡は全て無効であり、本件株主総会の決議も株主ならざる者によつて為されたものと云わざるを得ず、当然無効である。

第二点 原判決には商法二四七条の解釈を誤つた違法がある。

一、原判決はまた次のように判示した。

「以上によれば、控訴人延子に対する本件招集の通知は法定の招集期間に六日足りない会日より八日前になされたかしがあるところ、同控訴人は意識的に本件株主総会に出席することを拒否しており、かつ、同総会における議事の経過からみて右かしが決議の結果に異動を及ぼすものとは認められないから、これら前記認定の諸般の事情に照らせば、本件株主総会決議を招集手続のかしを理由として取り消すことは不適当であるというべく、同控訴人の本訴請求は棄却するのが相当である。」

二、しかしながら株式会社に関する商法の規定は厳重に遵守さるべきであり、その不遵守の不利益はまずその規定に違反した被上告人が負担すべきであり、安易に何んの違法も犯さぬ上告人に転化すべきではない。そもそも株主総会決議取消権行使の濫用論は、多数の株主の存在する大規模会社において、多端な事務を迅速に処理することの要請される場合に、たまたま生じた小さな過失に対してその適用が考えられたのであつて、本件の如き小規模会社においては、その誤りをただし再度招集の手続きをとることのすこぶる容易なのであるから、その適用は否定さるべきである。

そもそも被上告人会社は上告人らに対しすこぶる不当なる要求を為し、しかもその要求の実現の手段の一環として本件株主総会を招集してきたものであつて(そこの点については原審における原審控訴人提出にかかる第二準備書面を参照されたい)、しかもそれを商法違反の手続きを以つて強要してきたものであり、上告人田原延子が右の違法の手続きに屈服しなかつたのも、人情からみて当然であり、原審の認定は法理に反するのみならず、血も涙もない人情に反するものと云わざるを得ない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例